Chapter02-Fin

記録者: ウィルフレッド・メイフィールド (ENo. 13)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-14 04:00:00

クリックで開閉
icon
「そっかぁ……そういう音を持ってるんだ、君って」

足をぶらぶら揺らし、胸元の笛が軽く揺れる。
その小さな揺れは、まだ奏でられていない何かを予感させる。

icon
「ね、楽しかったよ。君の音、ぜんぶ新鮮だった。
 僕の知らないリズムで、知らない色で響いてて……」

icon
「──君の曲、きっとまだ続くよ。
 途中で休んだり、音を外したり、急に転調したりしてもさ。
 それでも“君だけの曲”になるんだ」

ゆるりともたげた手を、ひとさし指を
あなたに向けてはくすりと笑う。

icon
「だからね、止まらないで。
 君が止まったら、その続きの音、誰も聴けなくなっちゃうからさ」


そうして少年は揺らしていた足を床に着いて、
ひょっと立ち上がった──ように見えた。


──向かいの椅子には誰もいない。
目に鮮やかな少年の色彩は、もうどこにも認める事は出来なかった。

……あなたも意識して目を閉じれば、あるべきところに戻れるだろう。


ここトイカケはありません。回想や感想を自由に記入したりしなかったりしてください。
Answer
ガタンと一つ大きな揺れを感じて男は目を開く。
ぼんやりとどこか遠くを眺める彼の視界に、
ふと、真っ赤な姿が映り込んだ。

icon
「ン、起きたか探偵の旦那。
 もう少しで街に着くぜ。」
icon
「……ああ、そうか。
 僕は確か……依頼の帰り、だったか。」
icon
「なんだ、寝惚けるほど疲れてたのか?
 ……怪我や病気じゃあねェだろうな。」

天才よりもずっと広い掌が彼の額に触れられる。
数秒程当てられていた掌はよくわからねぇなと、
苦笑混じりの言葉と共に離された。
赤髪の男は軽く片手で鷲掴んでしまえそうな頭を
ポンと軽く叩いて、彼の向かいに腰を下ろした。

ガタガタと地面が揺れている。
地面、ではなく正確にいえば荷車が揺れていた。
この辺りは道の整備がそこまで行き届いていないからな、と
ぼんやりとした様子のまま蒼い瞳は青い空を見上げていた。

icon
「風邪だとかの類にゃ縁遠いから俺にはわかんねェな……。
 旦那、もし体調が優れねェってンなら早く言ってくれよ。」
icon
「ああ、わかってる。
 ……別に体調はいつも通りなのだよ。」
icon
「そうかい、なら良かったぜ。
 珍しく大人しいもんだから真面目に心配しちまったぜ。」

からりと、夏場の太陽を思い起こさせる顔で赤髪は笑う。
それに対して蒼い瞳は依然とぼんやり空を眺めたままだった。

icon
「……なあ、泰」
icon
「ン?」
icon
「君は、自分のしてきたことが……
 正しかったものだと言えるか?」

ガタンとまた一つ大きく揺れた。
荷車を引く生き物と、その持ち主は
この揺れを特に気にしていない様子だった。
赤髪も……泰と呼ばれたこの男も、
揺れは気にしていないのだろう。
けれどもその目は少しだけ、驚いたように見開かれていた。

icon
「……アンタそれ、俺がどういう生き方してきたか
 知ってて言ってンだったら、意地も趣味もだいぶ悪ィぞ?」
icon
「……知ってて聞いている。
 それでも、今、君に聞きたい。」
icon
「……はー、アンタほんと自分の欲求に素直だなァ……
 別に俺ァ構わねェけどよ、どうかとは思うぜ。」

赤髪が苦笑混じりに自身の頬の傷を掻く。
蒼い瞳は彼がどんな人なのか知っていて、
自分を正しいと思っているかと彼に問いかけた。

彼はそれこそ、太陽の化身であるかのような眩い男である。
けれどもその日差しが照らしていたのは真っ当な人々ではなかった。
所謂日陰者とされる者たちを、照らし導いてきた者なのである。
探偵とは違った形で多くのものを救って歩いてきて、
そしてその果てで、ここに流れ着いてきた……
自身の物語を歩き終えた仲間だった。

icon
「……嘘でも正しかった、とは言えねェな。」
icon
「それは何故だ?君は沢山の人を救ったのだろう。」
icon
「救った数が多けりゃ正しいってもンでもねェだろ。
 それに俺ァ……色んなもンを斬ってきてる。
 そうするしかなかったとはいえ、俺の手は血塗れだ。」

そんなモノが正しさを騙る訳にはいかないと
広い掌を握りしめて、夕焼け色の瞳が閉じた。

icon
「……ただ、後悔はねェ。
 世間サマから見りゃ単なる破落戸の一人だっただろうが、
 俺ァ毎日自分のできる事を精一杯やって、足掻いてた。
 その生き方が正しかろうが悪かろうがどっちだって良いってな。」
icon
「……君自身は、どう思ってたんだ?」
icon
「は?」
icon
「世間から見たら、常識で考えれば……
 君の生き方が清らかで素晴らしいものとは言い難いかもしれん。
 けれど、罪を犯さず生きられる人など存在しない。
 人間が歩んできた歴史には赤黒い血が染み付いているのだよ。」

人を傷つけることは喜ばしいことではなく、
罰せられるべきことなのだろう。
しかし、人々が歩んできた道は決して真っ白な道ではない。
蒼い瞳は自身の小さな掌を眺めていた。
その手が故意に、他人の血で濡れたことは一度もなかった。
でも、血で濡れたことがない……なんてこともなかった。

icon
「……僕自身、
 己が正しい生き方をしてきたとは言えなかった。」
「それを考慮して動いたことはないと、
 そんなものはどっちでも良いと投げ捨てるような──」
icon
「あー、だからよ、実際どっちでも良いだろ。
 テメェの生き方が正しいかどうかなんざ。」
icon
「……何故そう思う?」
icon
「自分が幾ら正しくはねェ、自分のやってきたことは
 決してお綺麗なもんじゃねェって悔やんでもよ……
 救われたと思った奴はアンタを正しいと評価すんだろ。」

蒼い瞳は静かに伏せられる。

icon
「俺にだってついてくる奴は居た。
 其奴らからすりゃ俺は助けてくれた恩人で、
 正しい人間だったかもしれねェ。」
icon
「俺が幾らこの手が血に濡れてるって説明したって、
 あったけぇ掌だって言ってくれる奴は居たんだ。」

赤髪の男は掌を開いた。
彼から見たその掌は、
赤く染まっているのかもしれない。
けれども蒼い瞳から見ればその手は何にも染まっていない。

icon
「……アンタは後悔してんのかい、探偵の旦那。
 天才のウィルフレッドさんよ。
 正しいって胸張れなかった自分を、恥じてんのかい。」
icon
「……僕に恥じるべき点などあるわけがないのだよ。
 後悔は、全くなかったとも言えないが。」
icon
「恥じてねェなら上々、それで良いだろ。
 人生が正しかったか悪かったか、なんてもんは
 あの世で閻魔サマが教えてくれんだよ。
 テメェでごちゃごちゃ考えたって仕方ねェ。」
icon
「……君はあの世を見られたのか?」
icon
「残念ながらまだ見てねェよ。
 アンタと同じでまだ死んだってことにはなってねェンでな。」

ガタガタと荷車が進んでいく。
二人の会話を気にせずに、その進みは順調だ。
間も無く街が見えてくるだろう。

icon
「……しかしなんでまた急に、
 正しいだのなんだの言い出したんだよ?」
icon
「ああ、それはだな──」