Chapter03-02

記録者: 御守 瑠海 (ENo. 140)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-14 04:00:00

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返事が返ってくれば、おー、なんて緩い声。
女は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、片手で髪を弄る。
視線だけはあなたに向いているが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

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「ねぇクロ。その話で思ったんだけどさ……
 ……変わる事って、どうしてこんなに難しいんだろうね」

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「小さい頃はさ、色々なものに手を出せて、影響を貰えて、変わっていけて、
 でも今は……うーん、なんか、平行線というか……」

手の動きが、無意識に髪を絡める。
その髪の長さが、絡めた長さほど短かった頃を思い返すように。
“過去の自分”と今の自分を結ぶ糸を手繰っているかのように。

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「努力して変わろうと思っても、どうにも体が動かないっていうか。
 変われるかもって期待して、結局同じとこにいるっていうか……。

 踏み出したと思っても、そんな事は無くて、
 思い知らされる……というか、さ」

言葉に迷うような沈黙が一つ。
下に移動していた視線をあなたに持ち上げ直して、首を傾いだ。

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「クロはどう?
 変わろうって思うのに、……よくないと分かってるのに、
 どうしても変われないことってある?」


──あなたには“変われないもの”はありますか?

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「ウチさ、“変わる気がない”わけじゃないんだよね。
 むしろ、変わりたいとは思うんだよ。
 だって、このままじゃ嫌だし。退屈だし。……置いていかれそうだし」

口では軽く言いながらも、指先は神経質にリボンをつまむ。

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「でもさ、変わるって……“今の自分を捨てる”みたいな感じしない?
 少なくとも現状って友達もいて、安全で、飢えはしなくて、凍えもしないし、傷付きもしない……。
 変わって無くなるのって……ちょっとだけ怖いんだよね。
 無くならない保証なんてされてないし、さ」

彼女は笑う。
けれどそれは苦笑とも、呆けともつかない曖昧な笑みだ。

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「“変わりたい理由”と、“変わらないままでいたい理由”、
 つり合いがとれちゃってる、のかな。だから動けないのかも。
 ウチ、そこらへんでいつも足止め食らってんの、マジだる」


言いながら、女は足を組み替える。
動きたいのに動かない身体を、座り直して誤魔化しているように。

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「クロはどう?
 変われないものってある?
 それって、なんでだと思う?」

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「難しい質問だな。僕は、悪いと思っていても変わろうとすらしないから。
 変わろうとするだけえらい、とは思うが、
 君が欲しいのはそんな慰めの言葉ではないのであろう?」

ふむ、そうだね。変わろうとしても変われない、か。
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「いやはや、人間らしい悩みだ。
 人は過剰に欲を抱くことは悪しき事とする者は多い。
 だというのに、欲も抱かず何もしないこともだめだという。
 人間は自らを戒める、それも幸福を得る事柄を、だ。ただ、そうすべきだという曖昧な理由で。」

欲のまま過ごし、好きなことだけやっていくことは、きっと幸せだろう。
現状に甘え、特別なことを何もせずにだらだらと過ごすのは、きっと楽だろう。
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「まぁ、大抵は自分一人が幸福を得ることは、その分だけ誰かが不幸になるなんて言われてるけど。
 実際どうだろうね?他者を不幸にしないことだって、幸福ならば手放せって言われるだろうさ。」

だが、ね。どうして自ら幸福を手放せようか?

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「僕には考え難い。自らの手で幸福を手放すことが。
 僕は変わろうとすらしない。幸福になりたいから。」