Chapter03-02

記録者: 楓 優希 (ENo. 188)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-14 04:00:00

クリックで開閉
返事が返ってくれば、おー、なんて緩い声。
女は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、片手で髪を弄る。
視線だけはあなたに向いているが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

icon
「ねぇクロ。その話で思ったんだけどさ……
 ……変わる事って、どうしてこんなに難しいんだろうね」

icon
「小さい頃はさ、色々なものに手を出せて、影響を貰えて、変わっていけて、
 でも今は……うーん、なんか、平行線というか……」

手の動きが、無意識に髪を絡める。
その髪の長さが、絡めた長さほど短かった頃を思い返すように。
“過去の自分”と今の自分を結ぶ糸を手繰っているかのように。

icon
「努力して変わろうと思っても、どうにも体が動かないっていうか。
 変われるかもって期待して、結局同じとこにいるっていうか……。

 踏み出したと思っても、そんな事は無くて、
 思い知らされる……というか、さ」

言葉に迷うような沈黙が一つ。
下に移動していた視線をあなたに持ち上げ直して、首を傾いだ。

icon
「クロはどう?
 変わろうって思うのに、……よくないと分かってるのに、
 どうしても変われないことってある?」


──あなたには“変われないもの”はありますか?

sample
icon
「ウチさ、“変わる気がない”わけじゃないんだよね。
 むしろ、変わりたいとは思うんだよ。
 だって、このままじゃ嫌だし。退屈だし。……置いていかれそうだし」

口では軽く言いながらも、指先は神経質にリボンをつまむ。

icon
「でもさ、変わるって……“今の自分を捨てる”みたいな感じしない?
 少なくとも現状って友達もいて、安全で、飢えはしなくて、凍えもしないし、傷付きもしない……。
 変わって無くなるのって……ちょっとだけ怖いんだよね。
 無くならない保証なんてされてないし、さ」

彼女は笑う。
けれどそれは苦笑とも、呆けともつかない曖昧な笑みだ。

icon
「“変わりたい理由”と、“変わらないままでいたい理由”、
 つり合いがとれちゃってる、のかな。だから動けないのかも。
 ウチ、そこらへんでいつも足止め食らってんの、マジだる」


言いながら、女は足を組み替える。
動きたいのに動かない身体を、座り直して誤魔化しているように。

icon
「クロはどう?
 変われないものってある?
 それって、なんでだと思う?」

Answer
icon
優希(クロ)
「…変わること…ね…。……キミは、ずいぶんと酷い質問をするんだね。」

ため息が一息出る。心についた傷は、まだじくじくと新鮮な痛みを、傷の主に提供し続けている。

icon
優希(クロ)
「何が酷いかって?……変われなくなってしまったんだ、私は。」

過去に執着して、正しい生き方も分からずに、踏み出すことを拒んでいる。
………私は………変わりたいとも思えなくなってしまった。

icon
優希(クロ)
「悪いんだけど、その質問で答えられることはないよ。………私には、答える資格すらないと思うんだ。」

目をそらすようにわざと顔を伏せる。それはまるで、心のなかに落ちる影を眺めているような気分で。
………あまり良い気分ではなかったためすぐに顔を上げた。

icon
優希(クロ)
「……私はね、変わることを拒んだ人間なんだ。もう、もう…。…………だから…話せることはなにもない、…けれど…
そうだね、…その前の話ならできる…かもしれない。………そうだね…聴かせようか。」

ふと、何かのイタズラか、少し心変わりがあった。
多少でも参考になるなら…話して損はないだろうと、誰かが話しかけてくるように。
そう考えて、私は昔のことを少しずつ思い出しながら、口を動かした。

icon
優希(クロ)
「…私も、君が言うように、変わるのが怖かった側の人間なんだ。」

この幸せが長く続く保証なんて、誰もしてくれないし、変わった後が幸せだという保証をしてくれる人もどこにもいない。
そんなんじゃ、変わることが怖いと思うのは、ごく当たり前の現象とも言えるだろう。
けれど…おそらく、他にも理由がある。

icon
優希(クロ)
「キミは気がついていないかもしれないが…実は、変わることというのは、大きなエネルギーが必要なんだ。小さい頃は、何をしてもエネルギーが有り余っていなかったかい?」

小さい頃は、どれだけ走り回っても、寝て起きればスカッと回復して、また同じように走り回って、遊び続けていたという人はやはり多いのではなかろうか。

icon
優希(クロ)
「でも…大人になっていくにつれて…落ち着きが出てきて、動き回らなくなるから、体力は落ちるな。そうなると今はどうだ?小さな変化ですら、体が重く感じられて…とてもじゃないが、たくさん変わることは、とてつもない心労、疲労が伴ってくるからできない。だから踏み出すのですら億劫…という状態だと、私は考える。」

実に…変わることを拒んで、変わってしまうことを恐れて…そのまま逝ってしまったのがその私の家族なのだ。
彼は、博士は…今までのものが壊れて、変わってしまうことが怖いと、よく愚痴っていた。
だから、あのトラブルに見舞われた時、最後まで諦めずに最善を尽くして…

私を置き去りにして、逝ってしまったのだ。

ある意味、彼に取っては最善だったのかもしれない。けれども、残された私にとっては、最悪の結果でしかなかった。
身寄りも居なくなり、引き取り先もいない。おまけに、事故を起こしたという疑いをかけられている。

けれど…絶対に嫌いには、ならないよ。お父さん。