
ひとみん
「…正しい、とは…。」
つい、その言葉に、心の奥底にしまっていた苛立ちが蘇ってくる。
ダメだ、抑えろ。彼は何もしていない。
アンガーマネジメント。6秒ルール。苛立ちの、怒りの頂点は6秒と言う言葉を思い出して。
息を吸いながら、数える。
息を吐きながら、苛立ちを洗い流すようにして…もう一度私は口を開く。

ひとみん
「…すまん、取り乱してた。」
自分へ言い聞かせるように頭の中で繰り返して、もう一度深呼吸して。
感情と口から出す言葉を整理してから、ゆっくりと自分を落ち着かせながら口を開く。

ひとみん
「…正しいが何か。…それ以前に、私は"正しいが存在するのか"が…私にはわからない。………なんでか?そうだね…例えば、自分としては正しいことをしているつもりだ。けれど…周りから間違っている、なんて言われたら…それは、正しいでもあって、間違いでもあるようになる…。」
ただ、その中でも自分の正しさを信じられる人は幸いだろう。だって、他人の正しさを押し付けられても、無敵に跳ね除けられる。
勝手に悪いと、その人たちを裁くことだってできる強さや、残酷さなんかを気にならない心も持ち合わせているのだから、強いに決まっている。

ひとみん
「つまり、私たちが信じている"正しい"、の裏にはね、全部"間違い"がある。一緒なんだ、どれもこれも。他人の匙加減で、正しいことが間違いと決まってしまうこともある。…………実は、私も、過去にそう言う経験があるんだ。……正しいことをしたつもりが、間違いにされてしまったことが。……その…さっき取り乱してしまってたのはまあ…ちょっと思い出しちゃったんだ。…なに、気にしないで。もう過ぎたことだから。」
…前、昔に人を殺したと言ったが、あくまでもあれは
書面上での話だ。
実際、私のいうことを聞かずに死んだのが被害者のやつだった。私は悪くない………はずだったんだ。
私は、機器の正しい使い方、正しいメンテナンス方法、正しい停止の仕方をこれでもかというほど被害者に叩き込んで。やってはいけないことも言い続けた。
それをやってしまっては、怪我の恐れが…いや、命の保証すらないことも、伝え続けた。
けれどあいつは、大丈夫だって!なんてふざけながら、やってはいけないことを私の目の前でやって、2度と帰らぬ人になってしまった。
…本当は、監視カメラを見れば、何が原因で、何がどうなったかなんて全てわかる。はずなんだけれど。…私の上司たちは、それを見たはずなのに、彼を悪としなかった。
しかも逆に、全ての罪は私に被せられた。まるで、他は何も悪くないとでも言わんばかりに。
理由は…多分、彼がお偉いさんの息子だったから、と言う理由だろう。
いや、それなら、私がしたことはなんだったのか。正しいことのはずだった、そうしなければならないことのはずだった。結局彼はこれに従わなかったから死んでしまったのに。
正直、今でも納得は行っていない。けれど…もう、間違いが晴れたとて、実名も顔も報道されきってしまった今、元の生活に戻れる道は…ないだろうね。

ひとみん
「…すまない、重苦しい話になってしまったね。他に聞きたいことは?」
現実では、事実がそのまま受け止められることなんてなかったのだ。
だから、そもそも正しさという概念すら、間違いなんだと私は考えていた。