白い壁、白いベッド、白いカーテン。
漂白されたみたいな空気が、どこにも逃げ場のない静寂を部屋に閉じ込めている。
自発的な呼吸すらままならず、機械に規則正しい呼気を任せて眠る少年――茶太郎だけが、この空間で唯一“色”を持っていた。
「■■■■、ね……」
ため息を飲みこむような声。そのすぐあとに、タブレットを指で叩く乾いた音が透明な空気に溶けていく。
カーテンで仕切られた向こう側。ベッド脇の小さな椅子に、二人の影が向かい合って座っていた。
――それは、茶太郎が夢の中で何度も見た“白い部屋の風景”と似ていた。
「同じ方法で後を追おうとしたんだね」
医師は画面から目を離さず、抑揚の少ない声で続ける。
白く柔らかい前髪を、気怠げに払うその仕草だけが、人間らしい。
「……だけど、不幸なことに彼は■の耐性がとても強かった。
それから■■にも。
だから……死ねなかった」
タブレットに落ちていた視線が、ゆっくりと持ち上がる。
向けられたその言葉に、茶太郎の同居人――新庄瞳が小さく震え、
「……はい」と、かすかな声を絞り出した。

遠くに聞こえる人工呼吸器の機械音だけが、淡々と呼吸を続ける。
「ただ、そうだね」
医師は姿勢を正し、椅子に座り直した。
「僕は医者だから、生きたい者を生かすのが仕事だ。
だけど……“生きようとしていない存在”を生かし続けるのは、正直、難しい」
それは責める言葉ではなかった。
ただ事実を告げる声だった。
「……まあ、うん。
それはキミたちの方が、きっとずっとよく分かっているんだろうけれどね」
医師はふっと表情をゆるめる。
それは、命に手が届かなかった者への祈りのような
無力さを抱えた人に寄り添う者の微笑みのような
残り香のように儚く、透きとおった笑顔だった。
「そんな顔をしないで」
柔らかな笑みのまま、瞳の表情を覗き込むように言う。
「大丈夫。
“
死に体”を無理矢理にでも生かすのは、僕の得意分野なんだ」
冗談めかしていたが、その声は深く、静かだった。
「だからさ」
立ち上がり、カーテンのすき間から、眠る茶太郎へ視線を向ける。
「茶太郎が……“起きたい”って思うような話をしてあげてよ。
きっと届くと思うから」
それだけ言い残して、医師は部屋をあとにした。
カーテンが揺れて静止すると、
長く息をひそめていた現実だけが、そこに残った。