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記録者: 高橋 雪 (ENo. 22)
Version: 2 | 確定日時: 2025-12-14 04:00:00

「雪」

私は、小さい頃この名前が大嫌いだった。

生まれた日は松葉市で何十年ぶりの大雪だったって、お母さんはいつも嬉しそうに話してくれた。

「病院の窓が真っ白になって、まるでお姫様が生まれたみたいだった」って。

だから

「雪みたいに純白で、誰の心も汚さない、優しい子になってほしい」

そう願って、「雪」って名付けてくれた。

でも私は、
生まれてからずっと病弱で、
すぐに熱を出して、
すぐに倒れて、
すぐに泣いて、
すぐに「ごめんね」って謝ってばかりだった。

雪って、
触れたらすぐに溶けて、
跡形もなく消えてしまうものじゃない?

私もそうだった。
みんなの負担になって、
すぐに消えてしまいそうで、
「雪」って呼ばれるたびに、
胸が締め付けられるように痛かった。

お母さんが一生懸命考えてくれた名前なのに、
その名前が嫌いだと思う自分が、もっと大っ嫌いだった。

……でも、あの夏の日が変わった。

蝉の声が響く、水鏡神社の境内。

私が初めて駿君と陽介に出会った日。

私は麦わら帽子を深く被って、
白いワンピースの裾を引きずりながら、
やっとの思いで鳥居をくぐった。

外で遊ぶのは苦手で、
すぐ息が上がって、すぐ気持ち悪くなる。
でも、家にいると寂しくて、
楽しそうな声が聞こえたから、
無理して来てしまった。

ベンチに座って、遠くでジャングルジムの上で騒ぐ二人の男の子を、こっそり見ていた。

すると、陽介が気づいて、駿君が私の隣にしゃがんで、「雪って名前、すっごく可愛いね」って言ってくれた。

その瞬間、
世界が音を失った気がした。

お母さん以外に、
自分の名前を「可愛い」って言われたのは、初めてだった。

「……雪って、名前…可愛い?」

私が震える声で聞き返すと、駿君は太陽みたいな笑顔で、「うん! 雪って、すっごく綺麗で、みんなを優しく包んでくれるもんじゃん」って。

その言葉が、
ずっと凍っていた私の心を、
ぽとり、ぽとりと溶かしていった。

それから、
私は毎日神社に来るようになった。

走れないから、ベンチに座って、二人が砂の城を作るのを見守る。

でも、「そこ、もっと深く掘ったら水が溜まるかも」って言ったら、陽介が「頭いい!」って喜んでくれて、 駿君が「天才!」って笑ってくれた。

私は役に立ててる。
私は、消えなくていいんだって、
初めて思えた。

ある日、熱を出して倒れたとき、
駿君が私を背負ってくれた。

軽いって言われたけど、背中がすごく温かくて、
「ごめんね、迷惑かけて……」って言ったら、
駿君は「全然。仲間だから」って、当たり前に言ってくれた。

そのとき、
「雪」は溶けてなくなるんじゃないって、
はっきりわかった。

雪は大地を潤して、
春を呼ぶために降るんだって。

今は、
「雪」って呼ばれるたびに、
誰かの心に小さな白い花が咲くような気がして、
胸がふわっと温かくなる。

お母さん、
あなたの願い、ちゃんと叶ってるよ。
私は誰の心も汚さない、
優しい雪になれた。