男はシャッター音に少し、反応した。と言っても黒い手袋の指先が動いただけだ。しかし無機物のように静かな男にとっては、それは確かに反応である。
男はおよそ常人がする──カメラ男と同じかは分からないが地球の人間のような──生体反応に乏しかった。息をしているのか、鼓動があるのか。筋肉の軋みすら、曖昧だった。
薄ら寒い程の沈黙に、シャッター音が降り注ぐ。
レンズの中に、或いはそのフィルムに、男は写るのだろうか。

「……さあ?」
参考になるかは不明である、と答えた。
参考にするには迂遠で邪魔な情報が多いと男は感じた。カメラ男が男の話を上手く聞き取れないように、男にもまたカメラ男の話はあまり届いていないのかもしれない。
いや、届いていない。音がどうとか、という意味ではなく。

「人々は朝の6時には目を覚まし、7時には集まって何やら祈りの儀式を始める。それはおはようの挨拶かもしれないし主へ向けたものかもしれない。
どちらにせよ僕の知る由もない。僕はそれに興味が無い。」

「それから朝食の支度をして一斉に食事をする。その後は個別に割り振られた仕事に従事し、12時半にまた食事の時間がくる。
食事をしたら休憩をして15時にはまた仕事に戻り、19時には湯浴みを。20時には軽い食事の時間があって、それからは自由時間らしい。」
らしい、と男は話した。カメラ男の話をなぞるようであった。
らしい、と言うのは男はそれに参加していないからだ。何故ならこれは一般家庭の──と言うか周りにいた人間の生活の話だからだ。
男には関係の無い隣人は、まあ一般家庭と言えばそう、だと思われた。
このような比較対象を持ち出したところで、普通なんて曖昧な物差しであろうに。

「彼女達は神聖な生き物として飼育され、僕らのようなものを定期的に呼び出しては契約を迫っているらしい。それが普通らしい。
知らないけど。」
それが回答に足りるのかも、また知らない。男にとってはやはり興味の無い事なのだろう。
実際、そんな隣人の事さえ男には朧気だった。そんなものにかつての居場所を説明せよ、と言われても術が無い。男にとってはその程度だった。