
「……正しいって、なんだろう」
白い部屋は静かで、少年はまっすぐに僕を見ていた。
“正しいってなんだと思う?”
たったそれだけの問いなのに、胸の奥のどこか柔らかいところをそっと突かれた。
僕は“正しい”の意味を、ずっと間違えて覚えていたのかもしれない。
誰かに怒られないことが正しい。
誰かに嫌われないことが正しい。
誰かの役に立てるなら、それが正しい。
――そんな風に、世界の形をずっと勘違いしてきた。

「正しいって、さ……」
言葉が口まで来て、でもひっかかる。
少年に聞かせるべきか、それとも胸の内だけに留めるべきか。
迷って、迷って……結局、心の中でつぶやいただけだった。

「僕の場合は、“正しくいたい”じゃなくて、“間違えちゃいけない”なんだよね……」
あの人が笑ってくれたらそれが正しい。
あの人が悲しんだら、それは全部僕の間違い。
そんな風に、他人の気持ちを基準にして自分を測って、
いつの間にか“正しい”が自分のものじゃなくなっていた。
でも、目の前の少年は違う。
彼の“正しさ”は外から与えられたものじゃない。
自分で選んで、自分で進むためのものだ。
羨ましい。
ほんとに、心の底から。

「……僕ね、正しいって“誰かを傷つけない選択”のことだと思ってたんだ。
でも……それって、本当に正しいって言えるのかな。
自分のことを置き去りにしてるだけじゃない?」
怖くて、胸の奥がざわつく。
それでも言わずにはいられなかった。

「僕が思う“正しい”は……たぶん、“誰かのため”じゃなくて、
“それを選んだ自分を、ちゃんと受け止められるかどうか”なんだと思う。」
そして浮かぶ、彼の笑顔。
目の前の少年とは違う、もう届かないはずの笑顔。
彼が選んだ結末は、社会的には……
正しくないことだったと思う。
でも、彼は自分の区切りを、自分自身の意思で選んで、
それまでは生きて、僕を愛して、最後の瞬間まで“自分の曲”を奏でようとしていた。
そこには恐れも痛みも、逃げでもなかった。
ただ、自分で決めた終わりを、生ききっただけだった。
だから僕は、その選択を……どうしても
正しくないとは思えなかった。
悲しいのに、悔しいのに、
それでも、あれは確かに彼の人生の“答え”だったのだと、どこかで分かってしまっている。
──ポツリ、と、雨が降ってきた気がした。
泣けたらよかったのに。
笑えたらよかったのに。
どちらも上手にできない僕は、ただ半端なまま。
向こう側にもあちら側にも行けずに、
こうして白い部屋の真ん中で、立ちすくんでいるだけだった。