Chapter02-01

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-10 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

あなたが以前来たあの部屋と、まったく同じに見える。
壁に触れても感触は無く、すり抜ける事も出来なければ
もうひとつの椅子を見る事も叶わない。

──あなたが椅子に座れば、部屋は拡張されたように感じる。
視界の向こうに椅子があり、そこに誰かが座っている。

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「あれ?」

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「あはっ、すごい。君っていつの間に居たの?
 ちっとも気付かなかった!だってさっきまで誰も居なかった、
 君の音はひとつも聴こえて居なかった!きっと何かが君を導いたんだね」


奇抜な色彩を纏った少年が、にこやかに楽しげにあなたを見ている。
足をぶらぶらと揺らしながら、まるで軽やかな旋律そのもののようだった。
胸元に下げた横笛が、少年の小さな動きに合わせて微かに揺れ、
そのたび、金属が擦れ合う透明な響きが空気を震わせる。

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「ね、僕さ、訊いてみたい事があるんだけど、いい?
 きっとこれは風の導き、新しい楽章の予感!
 今まで聞いたことのない音に出会えそうな気がするんだ!」


少年はあなたに体を傾け、目を輝かせる。
質問を投げかける瞬間でさえ、ひとつの“旋律”を紡ぐように。

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「──君はさ、大人になるってどういうことだと思う?


──あなたは“大人”とは何だと思いますか?

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「僕はね、毎日新しい音を探してる。
 繰り返しばっかりの退屈な道ばっかり歩いてたら、その曲は死んじゃうでしょう?」

空中に弧を描くように指先を動かす。
まるで目に見えない五線譜に、音を刻むみたいに。

その仕草に合わせて、笛が揺れて微かに音を鳴らしたような気がする。
それが空耳なのかどうか、判断できない。

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「僕から見たら大人って、死んだ曲をずっと流してる人たちだ。
 一体何が楽しくてそんなことをしてるのか、僕には全然分かんない!

 君はどう思う?大人ってもしかして僕が知らないだけでもっと楽しいものなのかな?」

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床に転がってどれくらい目を閉じていただろう。
眠りに落ちた確かな感覚はない。ただ、本の1ページを捲るみたいに、気がつけば……僕はまたあの白い部屋の椅子に座っていた。

前のトイカケは終わったはずだった。
沢山のいたみの中、目を閉じて。
次に開けた時には夢から醒めて、現実へ戻るのだと、当然のように思っていたのに──
眠気も、痛みも、途切れたはずの感覚すら、いつの間にか霧みたいに消えている。

かわりに、目の前にはもう“次”が座っている。


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「……賑やかな人だなぁ……」


ぽつりとこぼした声の震えに、自分で驚く。
さっきまで胸を締めつけていた幾一の気配が、
この白い部屋の隅々にまだ残っている気がした。
彼の声の余韻や温度が、薄く溶けて漂っているようで。
目の前の少年の、あの軽やかで無防備な明るさが、
幾一の面影と重なって──胸の奥がまた痛んだ。

目の前の少年は、そんな僕のざわつきを知らないまま、
軽やかな旋律みたいなテンションで問いを投げてきた。

──大人になるって、どういうこと?

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「どうって……そりゃ、歳をとれば自然に大人にはなるけど」


言葉にしてしまった瞬間、
それがどれほど空っぽな答えか、嫌でも分かってしまった。

“自然に”なんて、そんなことはない。
年齢を重ねれば勝手に成熟する、なんて嘘だ。

沈黙が、白い床にじわりと落ちる。
少年は笑っているのか、首を傾げているのか──表情はよく見えない。

だから、続けるしかなかった。
“自然に”なんて、そんなの嘘じゃないか?
大人になるのに必要なのは年齢じゃなくて

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「そうじゃなくて……失ったものの数が、ヒトを大人にさせる、の、かも」


声が少しだけ低くなる。
自分でも驚くほど、重く落ちる言葉だった。

かつての僕は、この少年みたいだった気がする。
疑問を投げかけることも、世界を面白がることも、
きっともっと自由にできていた。

悲しいことも、辛いこともあったはずなのに、
あの頃の僕には“無敵感”みたいなものがあって。

“どうにかなるよ”
“きっと大丈夫だよ”って、明るく笑えた。

やりたいことに夢中になれて、
手の中の未来を疑わなかった。

でも今は──
喪ってしまったものの形ばかり数えてしまう。
もう戻れない昨日ばかり見つめてしまう。

目の前の無邪気な少年の問いひとつにすら、
明るい答えを返せない自分がいる。

そしてその事実が、いちばん痛かった。