Chapter02-01

記録者: アラビク・ハン (ENo. 167)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-10 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

あなたが以前来たあの部屋と、まったく同じに見える。
壁に触れても感触は無く、すり抜ける事も出来なければ
もうひとつの椅子を見る事も叶わない。

──あなたが椅子に座れば、部屋は拡張されたように感じる。
視界の向こうに椅子があり、そこに誰かが座っている。

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「あれ?」

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「あはっ、すごい。君っていつの間に居たの?
 ちっとも気付かなかった!だってさっきまで誰も居なかった、
 君の音はひとつも聴こえて居なかった!きっと何かが君を導いたんだね」


奇抜な色彩を纏った少年が、にこやかに楽しげにあなたを見ている。
足をぶらぶらと揺らしながら、まるで軽やかな旋律そのもののようだった。
胸元に下げた横笛が、少年の小さな動きに合わせて微かに揺れ、
そのたび、金属が擦れ合う透明な響きが空気を震わせる。

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「ね、僕さ、訊いてみたい事があるんだけど、いい?
 きっとこれは風の導き、新しい楽章の予感!
 今まで聞いたことのない音に出会えそうな気がするんだ!」


少年はあなたに体を傾け、目を輝かせる。
質問を投げかける瞬間でさえ、ひとつの“旋律”を紡ぐように。

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「──君はさ、大人になるってどういうことだと思う?


──あなたは“大人”とは何だと思いますか?

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「僕はね、毎日新しい音を探してる。
 繰り返しばっかりの退屈な道ばっかり歩いてたら、その曲は死んじゃうでしょう?」

空中に弧を描くように指先を動かす。
まるで目に見えない五線譜に、音を刻むみたいに。

その仕草に合わせて、笛が揺れて微かに音を鳴らしたような気がする。
それが空耳なのかどうか、判断できない。

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「僕から見たら大人って、死んだ曲をずっと流してる人たちだ。
 一体何が楽しくてそんなことをしてるのか、僕には全然分かんない!

 君はどう思う?大人ってもしかして僕が知らないだけでもっと楽しいものなのかな?」

Answer
はて、と見回せば、一面の白、白、白。
こういう場所の経験がないわけではないが、いい記憶もあまりない。
いや、以前も似たようなことがあった気がしたが、どうもはっきり思い出せない。
しばらくなんのかのと試行錯誤ー無駄な抵抗ともいうーを重ねたが、
結局ほかにできることもなく、椅子に腰かける羽目になった。

さて何が起こる、と身構えていると、はつらつとした声がした。
見た目と声の第一印象は道化師、だったが、
どちらかというと楽師だなと思い直し、言葉に耳を傾けるうちに、
質問が投げかけられた。
いわく、ー“大人”とはなにか。
自分にとって大人とは、死んだ曲を流し続ける者たちだと。

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「そうですねえ」

ひとつ相槌を打ち、少し考えるふりをする。
こちらに危害を加える様子はなさそうだ。もっとも、芸術家肌のモノは気まぐれだ。
こう見えても指を鳴らすだけでこちらを消すことができるかもしれない。
ならまあ、まずは話を合わせるとしようか。
自己紹介、は、いらないかな。そういうのを好むようには思えない。


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「あなたの言葉に合わせるならば。
 大人とは、自分で流したい曲を流している者、だと思いますよ」

つまりは自由意志、自己判断、自己決定。生き方を自分で選んだ者。そう考える。

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「あなたは繰り返しの曲は死んだ曲と仰いますが。
 では、古くから伝わる曲はみな死んだ曲でしょうか?
 その曲に合わせて歌う者たちの生き方はどれもつまらないでしょうかね?
 木挽き歌の響き、鍛冶場の槌打ちのリズム、葡萄踏みのダンス……。
 いにしえから続く生活の中にも曲はあり、笑顔があります」

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「自分がどんな歌を歌いたいか、どんな曲の似合う人生を送りたいか。
 それが選べるようになれば大人だと、ぼくは思いますよ」

……なんて言葉は、まあ、お説教のように聞こえるお年頃かもしれないな。
見た目通りの年齢なら、だけど。