アルヴェンは、フェルヴァリオの答えを聞いたあと何か考え込む様子だった。

「もしそういう事なら──……」
思考に入り込もうとしたところで、部屋のある方──先の時にも見ていた方に目をやって
あ、と小さく零した。

「……たぶん、次が最後の問いみたいです。ほら、あそこ……見えませんか?」
指差された先を見ても、フェルヴァリオには何も見えない。
あちら側〟の椅子に座った者にしか見えない、
カウントなのか、時計なのか、何があるのかは分からないが、けれど、直感的にわかる。
──問いを投げる側にしか見えない何かがあるのだと。
何にせよ、空気が変わった。
次の問いが、最後。
アルヴェンは喉を整えるように小さく息を吸い、

「え、えーっと……何の話でしたっけ……。
……この部屋の話でしたね」
ゆるく、しかし逃げない声で仕切り直す。
白い空気が、ほんのわずかに張り詰める。

「……この部屋がどういう目的のものか。
あなたの言った通りかも知れないし、
もしかしたら全くの的外れでもあるのかも知れない。
答え合わせは僕たちには出来ないのが、ちょっともどかしいですね」
視線は宙の見えない何かと、フェルヴァリオの間を行き来している。

「……ただ、この部屋が
誰かが僕たちを見るためのものであった、なら──……」
少し、間をおいて。

「あなたは……
この白い部屋に“最後にひとつ言葉を残す”としたら、何を言いますか?」
フェルヴァリオは一瞬、固まる。

「……んえー」
気の抜けた声。

「最後に残す言葉?言葉って……呪文的ななんか?」
顎に指を当てて考える。

「……Open sesame!」
ぼそっと言ったその声は、うっすらと竜の唸り声を含んでいた。
やたらと低く、やたらと響く。

「……じゃなくて」
軽く首を振る。

「最後の言葉?」
ちょっとだけ眉をしかめた。

「……もしかして遺言だったりする?」

「不安すぎない?そういうの。
はい、これからバッドエンド確定ですって言われてるみたいでさ」
言いながら、おもむろにフラスコの中身をビーカーへ移し替える。
透明でもなく、濁ってもいない液体。
それを飲んだ。
ごくり。
静かに息を吐いて、視線を上げる。

「……そうだね。最後の言葉は……」
一瞬だけ、空間の温度が上がる。
唇が動く。けれど、それは人間の発音ではなかった。
低く、深く、肺の奥ではなく芯から鳴る声。

「Vahl’drakh, thur vekar… Naem’ir zal」
白い部屋が、わずかに震えた。
音は反響しない。
壁も、床も、天井も
ただ言葉だけを記録したように、沈黙が深くなる。
それは誰かに対する呼びかけだったのか。
それとも、この部屋そのものに対する命令だったのか。
どちらともわからないまま。
白い空間は、ひとつ、見えない呼吸をした。
フェルヴァリオが口にした言葉は、
壁にも、床にも、天井にも反響しなかった。
言葉を知っているのは、たぶん、この部屋ではひとりだけ。
喉が鳴る音すら、ひどく大きく感じる静けさ。
そのときだった。
くす、と。かすれたような、それでいて妙に楽しげな音。
フェルヴァリオは笑っていた。
口元だけ歪めて、わざと答えを隠すように。

「さあね」
フラスコを指で軽く弾く。

「誰に向けたと思う?」
焰の気配が、背中でふわりと揺れた。
影がわずかに伸び、一瞬だけ何か大きな口の形を描く。

「音とか言葉であればなんでもいいんでしょ。」
視線がゆっくりと、アルヴェンではなく部屋の奥へ向けられる。

「……答えるかどうかは、聞いた側の自由じゃない?」
唇の端が、ほんの少し上がる。
意地悪そうに。
まるでもう気づいているのに、わざと教えない子どもみたいな笑い方だった。
白い部屋は、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、軋んだような気配を見せる。

「最後の言葉、って言われたからさ」
軽い口調のまま、

「ちょっと……揺さぶってみただけ」
だが、その目には。
確かにはっきりと、焰の色が宿っていた。