壁の向こう側越しに、アルヴェンが首を傾げた。
問わなければならないという衝動だけが、胸の奥で静かに鳴っている。

「異世界と接触するような状況に遭った事はありますか?」
少し間を置いて、言い直すように。

「……無かったら、この部屋で他人と出逢うことに……どんな気持ちを抱いてますか」
白い空間に、言葉だけが浮かぶ。
フェルヴァリオは、乳鉢を回す手を止めない。
金属音と薬草の擦れる音が、静かに鳴り続ける。

「異世界? めっちゃくちゃあるね
むしろ……異世界の番人みたいなことしてるし」
すごくあっさりと。
フラスコの中身を慎重に火にかけながら言う。

「いや、番人っていうか……
魔法の均衡を保ってる、が近いかな。うん」
アルヴェンの目が、すこし丸くなる。
フェルヴァリオはちらりと一瞥して、また手元へ視線を戻す。

(……本当は、黙っててって言いたいけど)
口には出さない。
小瓶に液体を注ぎながら、続ける。

「ま、簡単な質問だし。手間にはなってないね」
壁の裂け目の向こうで、アルヴェンは小さく息を吸った。

「……あの、じゃあ……」
何か、次の問いが喉まで来ている顔をしている。
白い部屋は、また少しだけ広がった気がした。
アルヴェンが「……じゃあ」と言いかけたタイミングで、フェルヴァリオのほうから言葉が落ちた。

「異世界ってさ……別に大げさな話じゃないんだよ」
乳鉢を回す音。
火にかけたフラスコの中で、液体が小さく揺れる。

「空の色が違うとか、時間の流れ方が歪んでるとか、
そういうズレの集合体、みたいなもん」
アルヴェンは息をひそめて聞いている。

「大体の場合、人間は気づかない。でも放っておくと魔力が濁る。種が狂う。歴史が歪む」
ピンセットで粉末をつまみ、慎重にフラスコに落とす。

「だからオレは……境目を塞いだり、歪みを燃やしたり、余分なのを沈めたりしてる」
番人というより、管理人みたいな声色だった。
フェルヴァリオは小さく肩をすくめる。

「慣れるよ。異世界ってさ、人間が思うより静かだし」
少し思い出すような間。

「宇宙が天井にあった世界とか。時間が後ろ向きに流れてる場所とか。
名前を持たない魔法だけが生きてる世界とか」
どれも断片的で説明しようとはしない。

「でも……」
フラスコを持ち上げて、光に透かす。

「こういう白い部屋みたいなのは、ちょっと珍しいかも?」
アルヴェンの視線が少しだけ鋭くなる。
フェルヴァリオはさっきまでと同じ、作業口調で続ける。

「だってさ。ここ、世界がないんだもん。境界だけでできてる部屋で
壊しようがないし、塞ぎようもないし、燃やす基準もない」
さも当たり前のように言いながらひとつ息をつく。

「……だから、ちょっと気持ち悪い」
作業は止まらない。
火の音、ガラスの音、細い金属音。