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記録者: シャルティオ (ENo. 14)
Version: 4 | 確定日時: 2025-12-07 04:00:00

【過去編A】
【“正義”の在処】

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【3.理想と約束】

  ◇

 魔局長が逃げ出す。
 そこまで広いとは言えぬ応接室から出る。
 その背を負って辿り着いたのは、
 ホールのような明るい場所。

 高い天井、広めの空間。
 端には戦闘訓練用らしき木偶人形が置いてある。
 その中央で、魔局長が両の腕を広げて叫んだ。

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「私にとっての改造人間たちとは、
 未来の為の大切な犠牲です。
 私の正義が敗れたのなら、
 これまでの全ては無駄になる!」

 アスエリオ、ティアリー、デイズ、
 フェリール、アーディオ、と。
 魔局長が様々な名を呼ぶ。
 その身体の紋章が輝いた。

 身体に紋章を宿す少年少女たちが現れる。
 彼らの瞳は皆、虚ろ。

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「──私の理想を邪魔する王を、消せ!」

 先程いた、アスエリオと呼ばれた少女が
 金属の筒を構えた。
 シャルティオは己の体内に流れる猛毒の血を、
 劇薬へと変換する。

 無茶しないでとフラウィウスの皆は言った。
 されど、しなければ切り抜けられない場面もある。
 そして今こそが、その場面である!

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「僕の抱いた理想の為にッ!」

 金属の筒から何かが発射された。
 劇薬の血で研ぎ澄まされた感覚ならば、
 見える、避けられる。全てがスローモーション。

 ティアリーと呼ばれた橙髪の幼女が口を開いた。
 詠唱でもするのか?
 その前に手にしたダガーの柄で、幼女の頭を殴った。
 くずおれる幼女。

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「…………ごめん」

 改造人間たちは被害者だ、
 救わなければならぬ存在だ。
 しかし彼らが自分たちを攻撃するのならば、
 殺さぬように無力化しなければならない。
 対する向こうはこちらを殺しても構わない、
 手加減なんて要らない。

 どちらの方が戦いやすいかなんて、明白。
 だけれどシャルティオは殺してはならない、
 それだけは譲れない。
 守らねばならぬ対象たちを、
 手に掛けるなんてことだけは。

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「…………ティアリー」

 デイズと呼ばれた橙髪の少年が声を発した。
 虚ろな紫の瞳に、微かな怒りが見える。
 大切な仲間を傷付けられたのだ、その怒りは当然。
 だから受けて立つ。
 そして君たちを解放してみせるから。

 少年が地面に手を触れた。
 ゆら、とその影がうごめけば。

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「…………ッ!?」

 シャルティオの動きが止まる。動けない。
 相手は影に触れただけなのに、
 それだけで身動きが取れなくなる。
 そんなシャルティオの背後から、
 溶けるようにして現れた水色髪の少年が──

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「お命、頂きま──」
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「──させません、よッ!」

 そのナイフの一撃を、
 従者キィランが鉄パイプで受け止める。
 そんな攻防をしているうちに、
 王宮魔導士ローリアが術を完成させた。

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「大いなる風よ!」

 呼び寄せる、暴風。
 風は巨大な刃となって、
 奥にいた魔局長を切り裂こうとしたが。

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「………………」

 まだ動いていなかった赤髪の少年が
 その手を掲げれば、
 見えない壁に阻まれたかのように、
 風の刃は散り散りになる。

 シャルティオの身は影により拘束されたままだ。
 察したキィランがシャルティオ近くの地面に触れれば
 それは“破壊”され、シャルティオは自由になる。
 影の力を使った少年が、反動でぐらり、よろめいた。

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「はぁっ……はぁっ…………」

 シャルティオは息を切らす。
 まだ劇薬の力は使える。どれだけ保つ?
 早急に決着をと疾走、魔局長へと迫るが
 桃髪のアスエリオによって阻まれる。

 対峙して理解した。彼女は強い。
 遠隔攻撃の金属筒以外にも、
 優れた身体能力を持っている。
 ゆえに簡単には破れない、倒せない。

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「…………退いてくれ」

 声を掛けれど、少女の瞳は虚ろ。

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「僕は君たちを…………助けたいんだ」

 王の声は、
 操られている彼女たちには、届かない?
 さらに声を掛けようとした時、
 キィランが少女の腕に触れた。

 
 ぱき、り。


 何かが砕けたような音がして、
 少女の瞳に光が宿って。

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「…………魔局長」

 少女が、魔局長に金属筒を向けた。

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「そうだ……ボクは……ボクらは!」

 洗脳が解けたような少女。
 しかし魔局長が指を鳴らせば、
 他の改造人間たちが少女に向かってきて。
 唇を噛む少女が、シャルティオに声を投げた。

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「ここはボクで何とかする!
 陛下はさっさとアイツをやっつけて!」

 迷いなく、金属の筒を仲間たちに向けながら。

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「…………任せて」

 シャルティオは頷き、

 疾走。少女と従者と王宮魔導士を、固く信じる。
 疾走。目指すは魔局長ただひとり。
 妨害。再び迫り来る影の鎖を。
 金属音。キィランの“破壊”の力が打ち砕く!


 防御の力の赤髪の少年には、
 先程のアスエリオが無数の銃弾を叩き込んで
 他の防御行動を封じた。

 突然現れる水色髪の少年を、
 王宮魔導士が吹き飛ばした。

 邪魔するものはもういない。
 改造人間たちの背後で
 彼らを操っていた魔局長はもう目の前。
 そして彼を殺さねば、
 己の理想が成されぬというのなら!


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「──これが、
 僕の“正義”だッッッ!!!!!」


 待ち伏せアンブッシュならぬ、正々堂々。
 跳躍。真正面。
 そのダガーを、魔局長の胸に突き立てた。

 赤が散る。

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「あは、は、は、は…………」

 笑いながら、魔局長の身体が倒れゆく。
 倒れながらも指を鳴らせば、
 改造人間たちが攻撃の手を止めた。

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「あは、は、は!
 負けたよ……負けましたよ……
 陛、下…………」

 深く突き立てられた刃は致命傷。
 自らの流す血の海に沈みながらも、
 魔局長が笑っていた。

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「私は……私なりに……
 悲願、を…………」

 シャルティオは突き立てたナイフを全力で引き抜く。
 まだ、劇薬の力は解かない。
 解いた瞬間に倒れることが分かっているから、
 まだ、まだ。

 お前と最後の会話をさせておくれ。

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「…………魔局長、
 ルフィード・ヴァーデン」

 淡々とした声でシャルティオは言う。

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「僕は嘘吐きでも絵空事の王でもない。
 だから約束する」

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「この差別蔓延る魔導王国を、
 絶対に善いものへ変えてみせると。
 僕の抱いたこの理想は、
 必ず必ず叶えてみせると」

 それを聞いて、魔局長がさらに笑った。

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「私が何百年もかけても
 何も出来なかったこの国を……
 陛下のようなぽっと出の若造が……
 変えられるとでも?」

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「絶対に変えてやる」

 青の瞳は、凛ときらめいて。

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「約束する。だから貴方は、
 冥界から僕の活躍を、
 変わりゆく魔導王国を見ているが良いさ」

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「はは……は…………は……」

 魔局長の顔が青ざめていく。
 血溜まりが広がっていく。
 彼の命が尽きる時は、近い。

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「そんな絵空事が……叶うなら…………
 アーニィ……君は……ようやく…………」

 最期、誰かの名を呼んで。
 そして、魔局長は絶命した。

 死の間際、色違いのその瞳に、
 微かな光が宿ったような気が、した。

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「…………あぁ。
 叶えるから、絶対に」

 シャルティオは小さく手を合わせる。
 だけど、それが限界。
 ぐらり、視界が傾きゆくのを感じた。
 もうこれ以上は。

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「キィル…………」

 倒れる身体が誰かに支えられた。
 シャルティオは従者の名を呼ぶ。
 意識が消えてしまいそう。
 だけどその前に、その前に。

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「改造人間たちを……
 王宮に保護……おねが……い…………」

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「仰せのままに!」

 その返事を聞いて、
 シャルティオの意識は闇に包まれた。

  ◇

 それから数日の記憶がない。
 痛くて苦しくて、ベッドの中で
 ダウンしていたのだけを覚えている。
 あの後、魔局と改造人間はどうなったろうか。

 少し体調が回復したので身を起こした。
 部屋の扉がノックされ、返事を待たずに開いた。

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「…………お目覚めですか、陛下」

 いつもの従者キィランが現れる。
 シャルティオはぼんやりした目で、
 問いを投げた。

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「僕……どれだけ寝てた?
 あれから……
 魔局とか改造人間たちとかは…………」

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「それは後ほどお話しますので、
 まずはお食事を……」

 従者の手には、
 パンやらスープ椀やらが乗ったお盆がある。
 そうだねと頷き、食事して、
 食器を片付けてもらって。

 ちゃんと食事、出来た。
 そうしていくうちに、意識が明瞭になっていく。

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「…………で?」

 まだ執務室には行かない。
 寝巻きのまま、
 ベッドに腰掛けて従者に尋ねたのだ。

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「シャル様。あのですね…………」

 従者は語る。

 シャルティオはあれから1週間ほど、
 眠ったままだったということ。

 その間にキィランたちは
 改造人間たちを王宮に保護し、
 人間的な生活をさせ、経過観察していたこと。
 魔局長亡き後の魔局には、
 いずれ再び立ち入って
 本格的な調査を行うこと……などなど。

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「魔局本部はあの場所ですが、
 他にも支部のような建物は
 魔導王国の各地にあるようです」

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「これは一朝一夕に
 何とかなる問題では御座いません。
 そして改造人間たちを
 いつまでも王宮に置いておく訳にも
 参りませんので…………」

 魔局対策本部のような場所の設立をお願いします、
 と従者が要望した。
 
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「分かった…………」

 魔局長を倒しただけで、全てが解決する訳ではない。
 彼の“理想”の遺した禍根は、
 今もまだあらゆる場所で根を張っている。
 それらを少しずつ切り落としていかねば、
 魔局周りの問題は終わらない。

 だから。

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「……とりあえずその辺りについて、
 話し合おうと思う。
 僕は着替えてくるから……
 キィルは執務室に、皆を集めて欲しいよ」

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「…………無茶からの病み上がりなので、
 ご無理はなされず。
 あの劇薬の力、
 相当に消耗されたでしょう?」

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「分かっているさ。
 分かっているけど……
 そろそろ、王が動かなきゃ」

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「…………調子が悪そうに見えましたら、
 会議、切り上げさせて
 もらいますから、ね?」

 言って従者は去っていった。

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「………………」

 鏡を見ながら、髪を編む。
 長い長い三つ編み、いつもの格好。
 お母さまと同じ髪型。
 いつもの服を着る。

 白い梟のあの外套は
 特別な時だけのものだから、
 今はまだクローゼットの奥に。

 青いマント羽織って、
 かつんと義足鳴らして、さぁ。

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「…………よし」

 鏡を見れば、いつもの姿。
 さぁ、今後について話し合いに行こう。


 正義は一体、何処に在る。
 誰かの理想を踏みにじって、他の誰かが打ち勝って。
 王が魔局長を倒したから、王の理想が“正義”と成った。
 だけれど魔局長の抱いたそれも、
 間違いとは言い切れない。
 それでも、勝った方こそが“正義”になるから。

 正義は一体、何処に在る。
 ひとつの理想を打ち砕いて礎としたからには、
 何としてでも叶えねば。
 僕の、僕だけのこの“革命”を。
 魔局長との約束を、絶対に絶対に成功させねば。


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「………………見ていて」

 誰にともなく呟けば。
 ふわり、優しいそよ風が、
 王の三つ編みを揺らした。

【完】