Chapter01-02

記録者: アルヴラスト・アークライツ (ENo. 213)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-07 04:00:00

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「……」

あなたの回答を──若しくは無回答を聞き、
ソレは少しじっとあなたを見詰めていた。


  ──カシャ


それから、また先にあった音が一つ。
撮ったものを確認するような間の後、深々と頭が下がった。

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「観測結果が不明瞭です。
 当機からはあなたの言葉を完全に受け取る事は難しいようです」

どうも椅子の〝こちら側〟と〝あちら側〟では具合が違うようだ。
あなたの言を確実に受け取れているかは、あちらもこちらも分かり得ないだろう。

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「では観察対象、続けましょう」


されどコレにとっては断片でも構わないのか、きゅり、とまたレンズがあなたを向く。


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「環境データの取得。あなたの属する世界を説明してください」

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「あなたの世界では、“普通”とはどのような状態を指しますか?」


──あなたは、異世界の存在にあなたの世界のどのように説明しますか?


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「当機の世界にはこれと言って特徴があるとは考えられません」

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「当機は異世界に対する情報を持ちません。
 よって、何が特色であるかを判断するには情報が不足しています」

──基準や比較対象が無ければ、世界の比較とは難しいものだろう。
自らの世界に当たり前に存在しているものが、他の世界では存在しない可能性すらある。
自らの視野では存在しないものが、世界の中には存在している可能性だってある。

つまりは、この質問は不毛なものではある。
……比較対象が無い限りは。


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「──あなたに回答していただくためには、
 当機の世界を説明せねばなりません。
 よって当機は、平均的な一般家庭の生活環境についてご説明致します」


もしあなたが回答に窮しているのであれば、
オブザーバーの言うものを参考に、比較して述べると良いのだろう。

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「朝9時に出社する方は、平均して朝7:22に起床致します。
 家事仕事用の自立稼働人形が6時には稼働を開始しており、
 起床し着衣を着替えた後には朝食を摂取する事が可能となります。
 起床から出勤までには平均28分31秒の時間が経過しています」

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「出勤には電車やバス──公共の車両を利用する方、
 運搬用人形を利用する方ほか、徒歩で出勤する方など様々です」

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「……コンプライアンスに基づき、出勤後については
 当機から申し上げる事は出来かねます」


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「7日を一週間という単位にし、
 うちの4日が平日、うちの3日を休日と制定されております。
 居住する地は球体の惑星、衛星は現在1つ観測されております。
 衛星及び他の惑星の生活様式については当機のデータベースには御座いません」



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「……以上の内容は参考にする事は可能ですか?」



……とはいえ、此れをなぞらえる必要も無い。
あなたの自由に回答してよいだろう。

Answer
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「まあ、そうだね……うん、それは思いのほか難しい質問だな。
 普通とは何か、か……」
彼は少し困ったような笑みを浮かべながら、オブザーバーに視線を向ける――ふりをした。
それは彼の昔ながらの癖の一つだ。その視界の中ではロクに見えてもいないのに、視線を相手に向けたり顔を近づけるような仕草をする。観察したいという意思がそうさせるのか、あるいは親密を表す交渉術の一つなのか、だが本人にも自覚はない。

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「では、キミの世界と比較して答えよう。
 まず、私の世界では機械人形オートマタというものは一般的ではなかった。そういう代物、あるいはそれに近いものを開発している技師はいただろうが、そこまで普及はしていなかったと記憶しているね。」
彼は過去の記憶を振り返りながら難しい顔をして考え込む。
その後も何を説明すべきなのか、うーんうんと唸りながら腕を組んで、首を傾げて、天井を仰いだ。

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「あとは……そうだな。魔法が一般的に普及していた、かな。
 あるいは私のように、亜人種――キミの語る世界にもいる“人間”に、似た姿の別種族。獣や精霊の特性を併せ持つもの、そういう人々が普遍的に存在していた。」
そして彼はゆっくりと手を組み、足を組み、ニコリとした感情の読み取れない笑顔を浮かべた。

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「ああそう、私もね。精霊族、あるいはエルフと呼ばれる亜人の一種だよ。
 基本的には人間より秀でた魔法技術を持つ長命種と言われている。」
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「私もこう見えてもうすぐ90歳になるんだ。
 といっても……機械人形オートマタのキミに人間の年齢が理解できるのか、わからないけどね。」

彼は皮肉めいた表情でそう語ると、また煙草の煙をゆらゆらと吐き始めた。
その仕草は回答の終わりを表しているようだ。


―――私とて、決して“普通”の側にいたわけじゃない。
  けれど、そんなのは今更些事だろう。

――これだけの異常現象が起きる世界で、今更“普通かどうか”など。