そこは、とある病院の病室。
扉が、ガラリと音を立てて開く。病室に入ってきたのは、小柄な女。

ひとみん
「…………よお、約束通りきたぞ〜。…元気?」
なんて、私は口元を覆っていたマスクを片手間に外しつつ、軽快に話しかける。
…………当然、返事は返ってこない。

ひとみん
「…お前も入院とか、寂しいわ〜…」
それでも私は、気にせず話しかけ続ける。

ひとみん
「そういやさ、最近はなんか客の羽振りもいい感じなんだ。また明日ぐらいにいちごかなんかいっぱい持ってきてやるよ。」
こうして、話しかけ続けている私の目の前にいる彼は、私の…
そうだね、家族みたいな人だ。
本当はもう1人いたのだけれど…ちょっと色々あって。
今は手の届かないところに行ってしまった。
そのせいで…と言っちゃあなんだが、いやまあ事実なんだけれど。
そういうこともあって、彼は今こうなっている…んだと思う。

ひとみん
「そ〜だ、この間ス◯バからいちごの新商品出たんだ!また今度飲みに行こうな。」
果たして、この声が聞こえているかどうかはわからない。
持ってきた花と、前私が飾った花瓶にある花とを入れ替えつつ、私は彼の好きなものの話を持ってくる。
…やはり、相変わらず彼は静かに眠っているだけ。
快活に振る舞っている私だが、そもそも一気に2人も失ったような形になっている今、私はこんなに元気ではない。
…ちょっと、いや、おそらくかなり無理して色々話している。
本当は声をあげて、なんでこんなことしたんだ、なんて泣き喚きたい自分もいるのだけれど、いかんせん、なんでこんなことをしたかという理由もわかっているし………何より、ここは病院。他の人に迷惑をかけるわけにもいかない。

ひとみん
「……これ、服とかの替えな。…それじゃ、またくるよ。次はなんか食いもん持ってくるから、起きとけよ〜」
なんて、ふざけたように笑いながら、マスクをつけて。
私は今日も病室を後にした。
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ひとみん
「ふっざけんなマジで、このまま目覚めないんならあたしも首吊ってそっち行ってやるからなアホ…」
1人寂しく、家に帰ってきて。
私は、現実の辛さと苦しさに耐えられなくなって1人、広くなったリビングで崩れ落ちていた。
…今日も、彼は起きなかった。
人の形を保っている…ということは、おそらく、彼の体質の話をそのまま解釈すると…死んではいないはずだ。
けれども目が覚めない…ということは、おそらくそれなりに危険な状態、ということも十分考えられた。
どうにか助けてあげたいが…それが彼の本望かどうかは、少し考えればすぐにわかることだった。
それに…私は医療従事者ではない。
ああやって、毎日見舞いに行って、話しかけ続けることぐらいしかできることがない。
どうすればいいのだろうか。いっそ、いっそ殺してしまうのが彼のためなのだろうか。
けれども、そんなことをする勇気なんか、私は生憎持ち合わせていないし。
そもそも、本当にそうしてしまうことが正解なのかすら、彼が眠ってしまっている今、わかるはずもなかった。
そんなことが頭を巡っていたその時。
携帯のアラームがけたたましく鳴り響いた。
それは、出勤時間を知らせるアラームだった。
…そう、泣いている暇なんてない。この後仕事がある。

ひとみん
「ズビ…、……。何か…何か腹に入れないと…」
手が震えて、うまく体に力が入りきらない。
エネルギー不足だ。
なんとか歩きはできるの、で仕方がなく何か胃に入れるために私はキッチンへ向かう。
このまま動けなかったら餓死でもできたかもしれないけれど…今は彼が起きる可能性がある以上、そんなことをしてまた置いていくわけにもいかないのだ。
腹が立つけど、なぜか味覚は生きているらしく、ご飯は美味しい。
けれどそれが、余計に悲しみを増幅させた。
ご飯の味を褒めてくれる2人は、今はもういない。
作ってなんてせがんでくるあの声も、今はしない。

ひとみん
「寂しすぎるわボケ…戻ってこいよ…」
泣きながらご飯を胃に捩じ込んで。服を着替えて。
メイクで、感情を隠して。さらにそこへ、全てを覆うようにガスマスクを被せて、私が、わからないように。
そうして、寂しく、静かになった部屋を今日も後にするのです。