金貨 5枚目 | 記録詳細

金貨 5枚目

記録者: 黄金の悪魔 (ENo. 20)
公開日: 2025-10-22

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聞くところによれば、この土地に踏み入った人間が次々に発狂しているらしい。
元々何処ぞの魔女に呪われた土地、多少人間たちにも覚悟はあった筈。
僕みたいな存在に頼って魔除けやらしてもらった連中ですらダメだった……とのことだ。
意気揚々と黄金郷に向かっていった連中が数日も経たないうちに
何処か遠くを眺めるような目をしながら無言で、そして手ぶらで帰ってくる。
そして口を開いたかと思えば「ごめんなさい」と一言呟いてまた黙る。……なんだそれ。
大方外の呪いと内側の何かが悪い作用を起こしているだけだろうけれど、
人間たちからしたら恐ろしくて仕方がないみたいだった。
だから、僕はこうしてここに連れてこられている。

「こういう時だけ僕に頼るんだよな……」

呪いだとか魔法だとかは確かに魔女である僕には大抵効きが悪いけれど、
対面するものが強すぎた場合僕にもしっかり害はある。それを人間たちは分かってない。
数日前まであんなに目を輝かせて黄金郷の話ばかりして僕への感謝も忘れていたくせに、
今ではすっかり怯えきった目をしてこの土地を封印してくれ……なんて言ってきた。
別に、構わないけれど。悪魔なんかより僕らの方がマシと思ってもらえるチャンスではあるから。

黄金の石畳……言うなれば黄金畳、を歩いていった先にあった広場に、
ポツンとヒトの影のようなものがある。当然、人なんてここにはいない筈。

「お前、黄金の悪魔?」

だからきっと、こいつが元凶の悪魔なんだろう。
ギラギラと光る黄金の街の中央で項垂れるように地面に座っているなんて
どう考えたってただの人間じゃない。……僕の声にピクリとも反応しないし。

「……ねえ、コレお前の仕業?」

再度声をかけても人影は動かない。距離が遠くて聞こえない……なんてことはない筈だけれど。
まるで近づくのを待っているかのようで気味が悪い。悪魔なんて近付きたくはない。
けれども、このまま問いかけても無視されるだけだろう。
仕方ないなと息を吐いて、一歩。暫定黄金の悪魔に近づいた。

『……て、……さい……』

微かな声が耳に届く。項垂れていてわからなかったけれど、ずっと何かを喋っているみたいだ。
何かの呪文かもしれない。そう思って杖を向けるが何か攻撃が飛んでくることもない。
そもそも悪魔に僕らのような詠唱は必要ないはず。じゃあこいつ、一体何を喋っているのか。
もっとよく聞くために、一歩。おそらく黄金の悪魔に近づいた。

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『ころして、ください』
「……は?」
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ぽたりと雫が落ちる音が響く。
項垂れた人影はポタポタと涙を落としていた。
殺してくださいと掠れた声で呟きながら、黄金の悪魔は泣いていた。

『わたしが、悪いんです、わたしは、分かってたのに』
『止められなかった、叶えてしまった、人々の命を使って、こんなものを』
『あの方のいう通りだ、わたしが、わたしが叶えた』
『わたしは、存在していてはいけなかった』
『わたしは、人を不幸にする存在だった、だから』

殺して、と再び呟いてこちらに目を向ける。
ぐるぐると渦巻く視線。深い後悔と絶望の篭った力が視線に乗って襲ってくる。
ああ、きっと人間どもはこれと目を合わせてしまったんだろう。
こんな嫌な力が篭った視線なんて、人間が受けて正気でいられる筈もない。
……僕は魔女だから狂わないで、その深い後悔と絶望を他人事として受け取れるだけ。
誰かのためになりたくて、誰かを幸せにしたくて、けれどもそれができなかった……
なんていう気持ち悪くなる程苦々しい想いを汲み取れてしまうだけで、済む。

「……そう、お前あいつの……
 ああ、えっと、それで?殺してほしいんだっけ?」

息を吐いた後悪魔に杖を向ける。悪魔はこくりと頷いて目を閉じた。
あいつの配下ならやれと言われたことをやらなければいけない筈。
こいつはただ頼まれたことを、指示通りにこなしただけなのだろう。
でも、人の命を使ってこんなものを作ったのは間違いなくこいつではある。
だからこいつにも罪はある。
今ここで後悔する心があるのなら、なんでやらないという選択ができなかったのか。
……杖を握る手にそっと力を込めた。悪魔はただその時を待っているようだった。

「お望み通り殺してあげるよ──でも、悪いけど僕は悪魔なんて嫌いなんだ
 ……だからお前のお願いなんて完璧に叶えてあげないよ」

そもそもね。僕の魔法に殺傷能力はないのである。
何かを争うのが嫌いすぎて封じ込めたり閉じ込めたりが得意になっていった魔法使いだから。
使える魔法なんて封印系統かちょっと日常生活が便利になるような魔法だけだった。
だから、悪魔を殺せるような力なんて元々ない。今から使うのは殺すための力じゃない。

杖で軽く悪魔の頭を叩く。
僕が使えるのは悪いものを閉じ込めておくための魔法。

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「お前がつけてるその首輪、深い後悔と絶望の気持ちと一緒に……封印ころしてあげるよ」

悪魔のいう通りに動くなんて冗談じゃない。
それに確かに罪はあるけれど、こいつを殺して解決する話でもない。
こいつだけの命でこの国の代償は払えないし、人の命は戻ってこない。
悪魔の性質上こいつがここでいなくなったって、あいつに力が戻るだけ。
変に黄金の力をあいつに戻して、もっと厄介な存在を造られたってこっちが困る。

だからこれは一旦問題をぎゅっと棚の奥に仕舞い込んで、解決する時間を稼ぐための魔法。

誰かのために振るった力が見当違いな方向に向くことなんて、
助けようと思って差し出した手が余計事態を悪化させることなんて、
この世ではいくらでもあることだから。許されない罪を犯したと思ったのなら、
きちんとそれの償い方を考えるだけの時間を僕が作ってやることにした。
考えに考え続けた末に命で支払うのならそれで構わないけれど、
僕らのような存在の命なんて人間たちと同等じゃないことすら悪魔はわかってないんだろう。
だから一旦、お前を苦しめて判断を鈍らせるもの全部しまって隠してやる。

後々余計苦しむかもしれないけれどね。
でも僕は悪魔なんて嫌いだから、こうして意地悪してやるんだ。

「この黄金の街と共に僕が全部眠らせておいてやる」
「そしていずれお前が起こしに来るんだ、ここに残したお前の痛みを!」

呆気にとられている悪魔の目をまっすぐ見てから、地面に杖を突き立てた。

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……ほら、立てる?」
『……ええと、あれ、わたしは……?』
「お前は悪魔だよ、ここで生まれた新しい悪魔
 ……ああ、名前があった方がいいか……ええと、どうしようかな……」

金色の輝きを失った国で、ぼんやりとした様子の何者でもない悪魔に手を差し伸べる。
悪魔は困惑したような顔をしつつも、僕の手をとって立ち上がった。
あの気味の悪い首輪はもうついてない。この国の輝きと一緒に深いところまで封じ込めたから。

『わたしの名前……』
「あー……じゃあ、サンセール……サンセールって名前にしよう」

ポカンとしたままな悪魔を連れてさっさと元黄金郷から離れていく。
こいつがある程度自分で生きていけるようになるまでは面倒を見てやるのが
何もかもを封印した僕の義務……のようなものだけれど。
たぶんあいつはすぐに追いかけてくるだろう。自分の所有物が取られたと勘違いして。
興味がなくなったのか、後回しにしていたのか、ついこの間までこいつを放置していたくせに。

「あんまり時間がないかもな……はあ、面倒なことやっちゃったかも……」
『あの、あなたのお名前は……』
「ああ、僕?僕は封緘の魔女ネリネ。
 ……聞きたいことがいっぱいあるだろうけど、時間がないんだ兎に角僕についてきて!」

腕を掴んで、ずんずんと逃げるように歩いていく。
急ぐことなんて嫌いだけれど、あいつは本当にせっかちだからこうでもしなきゃ追いつかれる。
できるだけ、僕に可能なところまでこいつに色々教えてやらなきゃいけない。
そしてさっさとこの悪魔を世界のどこかに放り出してやらないと。
悪魔と一緒の暮らしなんて最悪だし、あいつに目をつけられるのは僕だって嫌だからだ。

「急いでその名前にふさわしい、誠実な悪魔にならないとだからねサンセール」
『えっと、あの……はい!』

よくわかってないような顔をしたまま頷く悪魔にため息が出た。
あちこちで問題を起こしてた黄金の悪魔って、こういうやつだったんだ。

「……はあ、本当に面倒なことしちゃったかもなあ……」

ため息混じりに悪魔と一緒に駆けていく。
なんでこんなの拾ってやろうなんて思ったんだろう。
僕も大概お人好しだよね。人間なんかとは創りが違うけどさ。


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