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記録者: 山城 慈眞 (ENo. 183)
公開日: 2025-10-29

 気付けばカフェの扉は、ただの非常口になっていた。
 大学の第二講義棟の、ジグザグに曲がる非常階段に出る扉。平面気味な二重螺旋の片側は、新しいのに使われてないせいで落ち葉や鳥の糞が目立った。今日の応援団サークルの活動も終えて、濃いコーヒーの香りで鼻腔を擽らせようと思ってたのに。

 活動経歴や今後の話題のために異界探索を行ってからというもの、勝手に異界に飛んでしまう事が起きるようになった。初めはただのネットによる活動だったのが、多様なお祝い事を行う土地に飛ばされ、そして今度は不思議なカフェ。詳しい人によれば、異界探索を行ったことにより身体が勝手に次元を越えてしまうのだという。いまいちピンと来ないが、そういう物だと認識した。

 しょうがないから非常階段を降りて、自販機に向かう。白いパーカーとスウェットズボンは、弛みが擦れて僅かな音を出している。普段から使われないのを見越して、あまりよろしくない学生が寄り付くのか。階段の端には、煙草の吸い殻が寒さを逃れようとする虫のように寄り集まっていた。
 北風というのは、あまりにも山からの強い風。西の山には白く雪化粧が施され始めている。これからまた凍える冬がやってくるのだ。

「流石にもう、アイスコーヒーの時期じゃないな」

 ただ、あの冷たくて胸を広くする程芳ばしい香りを堪能するならアイスコーヒーが一番で。水も人も凍る日でない限り、温かいコーヒーは飲みたくなかった。

 非日常を感じる日とは、突然異界のカフェに行くのも普段使わない非常階段も同じに思えた。実はあのカフェは認識出来なかっただけで、非常階段を降りていたのではないだろうかと妄想するくらいには、あまりに急な終わりだった。
 行き通ってた程ではないから余計に非日常的で。日常と異なる雰囲気のカフェに、知ってる味のアイスコーヒーと、贅沢でやけに美味しく感じるガトーショコラ。別の店に行っても味わえないもので、だけど同じ店にもう一度行っても味わえはしないだろう。初めてというのは、それだけ特別なものだ。それを分かち合った人がいたと言うのも、また。

 元気にやってるといいな。
 流石に酒瓶踊りを本気にはしないよな。

 上辺だけ知って、深くを知り得た関係ではないものの、名前を知った人はせめて不幸にならないことを願うだけだった。
 ようやく非常階段を降りきって、端末を翳してアイスコーヒーを頼む。柔らかな容器が音もなく手元に差し出され、それを受け取る。それと同時に、今日のニュースがサービスで映し出される。

 隣町城石市では今日も魔導クローンが大暴れ。

 大雑把に言えばそんな内容だった。
 それが日常なのもどうなんだろうと思って、アイスコーヒーを口に運ぶ。

 平穏だったコーヒーの香りは、喧騒芳ばしい香りに塗り替えられていく。