────どこか遠い遠い異国のリゾート。

「センスオブワンダー、という言葉をご存知でしょうか?」
「世界のあらゆる事象に対して敏感に、そして純粋に感応する力の事でして
我々魔術師には欠かせない────」

「ちょ、ちょっとは聞いてくださいよぅ……」
「うっ……カワイソーな子でも見るような視線……!私だってこれでもちゃんとはたらいt」
「あっ免亭の話はホント勘弁してくださいすみません講習代いつもありがとうございます」

「…………コホン」
「話を戻しましょう」

「よーするにです、魔術および魔法に関しては感受性と想像力の高さが必要なんです」
「誰もが持ち合わせていたはずのピュアな感性……」
「『幼ごころ』とでも言うべきでしょうか」

「まあ?私くらいピュアな魔術師なら音速どころか亜光速の壁さえヨユーで」
「…………え、異世界転移ですか?」
「うーん、専門家じゃありませんし……こっちとの行き来もプロに任せてますしねぇ」

「まあでも……」
「そんな芸当、出来る人間なんてほんの一握りどころか一つまみもいやしませんよぉ?」
「それも特定の場所へピンポイントに転移となれば────」
────さらに遠い異世界の一角。

「…………これで通算71回目の失敗、か」
「はぁ……ホント、気が滅入りますわね」
ごとり、と鈍い音を立てて杖が指からすり抜ける。
魔法の力は心の力。
精神が削れれば魔法も途絶える。

「も~無理ですわ~!!」
「ロクな手がかりも無しに特定の異世界を見つけるなんて!!」
「もはや拷問にも等しくてよ~!!!」
きゃいきゃいとしばらく喚き散らした後、空しくなってベッドに倒れ込む。
ぼふっと頭からシーツに突っ込むと、胸元の金属がチクリと刺さる。
物理的にも胸を刺す事ないじゃない、なんて下らないことばかり過ぎるのは、やっぱり
魔力がからっぽだからだろうか。

「……憎たらしいほどに綺麗なペリドットですわね」
「これが唯一の手掛かりなんて、全くもって腹立たしい」
「…………諦められないじゃないですの」
そういえば、自分は彼の何を知っているんだろうか。
異世界のごく普通の学生ということ。家族のこと。バイト先が宝石店なこと。
基本ヘタレなこと。でも人一倍他人思いなこと。実は抹茶ラテをよく飲んでること。
自分が見てきた部分はおそらく、彼の芯の部分に違いないのだろう。
……でも。
自分は彼の家族の顔を、友人を、メガネの度数を、苦手な食べ物を、起きる時間を、住所を、連絡先を、本当に向こうは再会したいのかを……知らない。

「私、ロウバイくんの事、ぜんぜん知らないんだな……」
「…………」
「………………会いたいなぁ」
会ってどうするんだ、向こうの世界ではお前は異物でしかないんだぞ。
魔力の切れた心の中で、冷たい自分がそう嘯く。
もう、いいじゃないか。
そもそも出会えたことが、一時でもあんな関係が築けたことが奇跡のようなものなのだ。
彼の日常を取り戻すために手を貸したんだ、非日常側の自分がこれ以上関わっても不幸にしかならないだろう?
『もういいかい。』
目かくしした冷たい自分が問いかける。
きっと彼なら上手くやれる。
すぐに良い思い出にでも昇華して、もっといい人を捕まえられるはずだ。
『もういいかい。』
しゃがみこんだ自分もどきが声をかけてくる。
うるさいなぁ。いいんですよ別に。
精一杯やってダメだったんだから、これでもうさっぱりキリよく終わらせられるでしょう。
そもそも自分はそんなに未練がましい性格じゃなかったでしょうに。
『もういいかい。』
抑揚のない声でまた、同じセリフを吐き出している。
いい加減にしてほしい。一度ひっぱたかれなければ分からないのだろうか。
そう思って手を振り上げようとして気づく。
自らの両目をこの手が塞いでいる事に。
ベッドの上でしゃがみこんで、しゃっくりを嚙み殺している自分に。
ああ、そうか。私は────。

「……もういいよ」
「もう、いいよーだ」
「もう、いいです……よぉ」
こんなに執着してたのか。
ストーカーを成敗するつもりだったのに、今じゃこっちの方が会うのに必死になっているのだから。
全くもって笑えない、喜劇にしても悲劇にしても三流脚本もいいところだろう。
自嘲しながらベッドの上で微睡んでいく。
大魔法使いを名乗っていながらこの体たらく。
あのどこか子どもっぽいストーカーの真似事さえできないなんて。
『もういいかい。』
『…………よ。』
『もういいかい。』
『……いい、よ。』
『もういいかい。』
『……もう、いいよ。』
────再び、異国のリゾート。

「────不可能、と言うとでも思いましたか?」
「確かに、私たちのような魔術師にはまず無理でしょう」
「でもですよ、それが魔法使いならば話は別です」

「そもそも彼ら……魔法使いに関しては“不可能”なんて“存在しない”んですよ」
「ずっこいですよねーっホントに! まあその分やっかみも相当なものになるんですがね」
「なのでフツーはどこかで折れるんです、そうやって魔術師に……大人になるんですよ」

「だけどたまーにいるんですよね、絶対に折れない子」
「鋼のメンタルと豊かな感受性を併せ持つ最強無敵の魔術師」

「我々の業界ではそれを────」
『魔法使い』
「そう、呼ぶわけなんですよ」
────再び、異世界の一角、または。

「………………」
「…………すとーかー?」
なぜいままで気がつかなかったのだろうか。
あったじゃないか、彼の近くから絶対に離れる事のない最強の目印が。
彼との思い出の品に少々気を取られすぎていたのかもしれない、なんて。

「……こういうのは所縁のあるアイテムがキーになるのが定番でしょうに!」
「ホント、締まらないんですのねっ!」
さてさて、世界を渡るにはどうすればいいんだったろうか。
魔術、魔法。そう、
意味ある
言葉の
羅列。
だがしかし、彼との再会を果たす訳だ。そんなチャチな“おまじない”では少々興ざめだろう。

「……ワタクシ、借りは10倍にして返さないと気が済まない性質なんですの」
「これからはプレゼント選びは慎重にしてほしいところですわ」
そういえば先程はなんて呟いていたんだっけ?
もういい?なんの冗談だろうか。
なにも良くなどない、そうだろう。そうに決まってる。
だから捻じ曲げるのだ。何をかって?
もちろん決まっているだろう?
魔法の力は心の力。
今なら出来る、そう確信できるほど心の底から
喜びが溢れてくる。

「この大魔法使いたるワタクシが通るんですのよっ!!」
「道理も世界も引っ込まないのであればっ!横っ腹をブチ抜いて差し上げますわ~!!!」
手の中に絡むのは小さな鎖、その先に繋がれたネオンブルーの光の粒。
鮮やかに、嬉しそうに輝くそれは、これから出会う主人への期待で身体を震わせては、淡い色をまき散らす。
青緑の宝石は雄弁に光を湛える。
さて、かの大魔法使いは無事に世界を渡り切り、彼と再会することになる。
さりとて違う世界の住人同士、これから先の道のりも決して穏やかなものでは無い。
しかしこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。
────またまた某所。

「へ?『魔法使い』の名前の由来?」
「えーっとぉ……なんでしたっけぇ……座学の時間はだいたいサボるか寝てましたからねぇ」

「へもげっ!?」
「じょ、冗談ですよ~!! 流石にそのくらいは答えられますってぇ」
「…………だから、一回その本を置きましょ? ねっ?」

「……とある文学が元になってたと聞いています それも児童文学」
「確か……象牙塔に住む世界を統べるお姫様、の名前だったはずですよ」
「なぜそこから引用されたかって? さぁ……」

「……多分、羨ましかったんだと思いますよ」
「永遠に色あせない幼ごころなんて、たとえ魔術師じゃなくっても欲しくなっちゃうに決まってますもの!」
パライバトルマリンの石言葉:心身の成長、成功への導き、吸引力