私の世界において、魔法は『悪』でした。
魔法を持って生まれるのは極々一部で、
魔法を持って生まれた人間は、
こぞってその力を私利私欲に振るいました。
当然と言えば当然かもしれません。
何でも出来てしまう神秘の力。
欲深い人間の手に渡って悪用されない方が難しいでしょう。
私はそれが嫌でした。
絵本の中の世界のように、
人に希望を、喜びと感動を、
ときめきを、きらめきを、
……振りまくもので、あって欲しかった。
それが私の夢でした。
だから、今こうして。
人を喜ばせる為に魔法を使っているのです。
私の手品には、本当に種も仕掛けもない。
……手品としては嘘つきで、張りぼてなのですけど。
前述通り魔法は『悪』とされる為に、
手品が
魔法であることはまだ秘密にしています。
もっと名を上げて、人々に感動が広まった後に。
全てのネタバラシをして、身を引くつもり。

「……なんですが、」
ある日の仕事終わり。
トランクを置いて、ソファーに身を投げ出す。
……ああ、今日も魔力を使いすぎました。
もうずっとこうで、毎日へとへとです。
有名になって、仕事が絶えず飛び込んできて。
夢を叶える為には頑張らないといけなくて。
ありがたい話、ではあるんですけど。
どうしても押しに弱くて、スケジュールはぐちゃぐちゃ。
きみは、うまくやってくれていたんですね。
トランクを優しく撫でた。
隙間から這い出た黒い手が絡みつく。
艶やかで美しかった黒髪の面影がそこにあって、
仮面の下で苦々しく眉を顰める。
私が唯一、魔法を私利私欲に使った成れの果て。
助手を務めてくれていた恋人が亡くなって、
それが受け入れられなくて、蘇生を試みて。
赤黒く爛れた肉、潰れてなおぎらつく目。
無数に伸びる、長く、黒い手。
──結果、生まれたのは化物だった。
意思の疎通は出来そうになく、
自分のことを認識しておらず、敵意すら感じた。
彼女だったそれを、何とかトランクに押し込んで。
こうなってしまっては、何があるか分からない。
だから、何処へ行くにも常に持ち歩いていた。
後悔と懺悔と、無力感に苛まれる日々だった。
もうすぐ叶いそうな夢。
手が届きそうな、星のようなきらめきを。
……きみにも、見て欲しかったなあ。
夢が叶うのが先か、身が潰えるのが先か。
自ら生み出した化物に殺されるのが先か。
──繋がらなくなった扉。
あなた達が男の行く末を知ることはない。